日向神社(白髯神社)
「日向薬師バス停」のすぐ近くにある日向(ひなた)神社です。
日向(ひなた)神社は、8世紀に日向薬師を開いた行基に、協力を惜しまなかった渡来人、高麗王若光(こまおうじゃっこう)を讃えて創建され、長い間、白髭神社として知られ、新編相模国風土記稿、皇国地誌などに記載されている古い社です。
呼び方が日向神社に変わりましたのは昭和8年(1933)で、国が全国の神社資格を調べて整理、無格社を村社として格上げして、村から祭祀料を出す制度にしたことによります。
明治維新以来、国家としての統一感を促進する背景も影響し、やがては過酷な戦争を招く、国家神道強化につながりました。
日向周辺に住む人々は、なんらかのつながりで、その地域の産土神社(うぶすな)の氏子になるのが一般論になります。洗水の人は諏訪神社、新田では飯綱神社というようにもなります。さらに大きな地域を守る鎮守の神(日向神社)との関係も生まれます。現在では信仰の自由が尊重されていますから、氏子を強制することはありませんが、日常生活や季節に応じて行われる神事(お祭り)に自然と対応することになります。
「日向(ひなた)神社」掲示板より